上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第一章


 朝靄の中、鐘が乾いた音を奏でた。耳を抜けるその音は、まるで無の意を含んだようだった。その鐘を聞いた人々は寝床から身を起こし、身仕度を始める。まだ陽が昇らぬ薄暗い朝、人は働きに出掛ける。鉛のような体を寝床から引き剥がして、うめき声にも似たため息をつきながら家をでた。子供は立って歩行ができれば、大人は死ぬまで働かされた。

布一枚の服を身につけ、体や服を洗うことを許されず、食べるものは虫と草。たまに鼠の御馳走がある。食べられるものは何でも食べた。

 彼らは奴隷。死んだ地に生きる奴隷。誰のために働いているのかさえ解らない。鉱山で、川で、海で、他にも様々な場所で働いた。彼らは一文無しで生きている。子供は死に、大人は我先にと死んで逝った。そして、皆の死に顔は笑んでいた。

 やっとこの時が来たのか、と幸福に顔が綻んだのだろう。その死者が眠るのは土の中。人の腹の中ではない。何でも食べる彼らだが、そのところだけ人間らしい、道徳とも似つかない良心が残っていた。やがて死者が土の中で腐り、その上に草が生え、生きた人がそれを食べる。人間にして、自然界の掟に従い、生きる。


 調度今も死に導かれる人がいる。彼はとても嬉しそうだった。何も考えずとも自然と彼の口元は歪んだ。彼には妻も一人息子もいた。だが、自分が死ぬ嬉しさに我慢ができなかったのだろう。そんな父親の傍らで、妻と息子は羨ましがって泣いている。これから彼の仕事が自分の元に来る。恨みにも似たその眼差しはそのままだった。

 案の定、すぐ死んだ。彼は安らかな微笑みを浮かべ、最後にふーっとため息のような息を吐いて動かなくなった。暫しの静寂があったが、次の鐘の音で妻と息子は彼の元から離れていった。彼らに感情などほとんど無かった。あるのは憎しみと悲しみの憎悪だけ。

 妻子は覚束ない足取りで家から出た。その家の周りには何件か木製の家々が立ち並んでいる。この土地には剥げ頭のようにしか植物の姿は見られなかった。しかし、何年か前まであったのであろう、木製の家々だけは古ぼけたまま静かに佇んでいた。

 空は茄色だった。

 家から東の方に少し進むと、妻子は立ち止まった。彼らの目の前にはぽっかりと大きく開かれた穴があった。彼らにとっては何を目的に掘っているのか解らない洞窟である。妻子は重い足取りで洞窟の中へ入っていった。


 土の匂いが芳しい。地上の土は乾燥しているが、洞窟の中の土は十分湿気ている。足を一歩出すとグニャリとした感覚が足の下に広がる。この洞窟では妻子を含め、五人の奴隷が洞窟を掘っていた。妻子はすぐに行き止まりに跪き、湿気た土の中に手を突っ込んでいった。

 暫くして、子は洞窟の壁を掘りながら、その湿気た土をふと手に取った。最初はその匂いを舐めるように嗅いでいたが、気付いた時には口へその手を運んでいた。噛んでは砂が音を立てるので、彼は無理やり喉に流し込んだ。その意外な味に彼はもう一度、土を口に運ぶ。だんだん味が明確になってきた。

 甘いような苦いような味、その土の香が鼻を抜ける。なんて美味しいのだろう、と彼はその時思った。彼はここ一週間飲まず食わずで働き、空腹の絶頂を当に越えていた。美味しい、美味しい、と何度も呟きながら彼は土を口にほうばった。泣きながら、口にほうばった。

 それが俺。

 俺はその時まだ八つだった。その体は細く、皮が一枚骨にへばりついているだけのようなもの。目元には隈ができ、とても子供の顔には見えなかった。

 俺はまた土を口に運んだ。暫くそうしていたが、やはり体が拒否反応を引き起こして嘔吐した。あっという間に取り込んだ土が逃げ出し、口の中がざらつく。慌てて口を押さえてみたものの、掌の隙間から土が溢れ、嗚咽が漏れた。

 その声を聞きつけて、母親が駆け寄ってくる。ここで私語は厳禁だったので、彼女は俺の両肩に手を添えて軽く揺さ振るだけだった。そして、俺は口を手で覆いながら、首をひたすら横に振った。母親は俺の心配をしていたのだろう(先に弱って死ぬことを)。しかし彼女は暫くしてから、もとの作業に戻り、穴を掘り始めた。

 俺の目から一筋の涙が流れた。

 それから数日間、俺は土を口に運んでは吐き続けた。それである程度の空腹は凌げる。錯覚だけでもよかった。ただ何か別のことをしていたかった。

 ある日同じように土を口に運んでは吐いていると、吐いた土の中に輝く物体を見つけた。俺は土を掘り起こすフリをしながら、その輝くものを手に取った。それは銀に輝き、微かな光を受けて、明度の高い白を帯びていた。大きさは俺の親指ほどで、まったく重さを感じられない。形はまるでカギ爪の付いた鷲の足であるようだ。子供心を擽られ、俺は賺さずそれを口の中に隠した。

 その夜のことを俺は、はっきりと覚えている。

 仕事で疲れ、帰るのは窓のない木製の家だった。その夜はひどく風が吹き荒れていた。風は冷たく、人を震わせるほどだ。

 そんな中、人々が寝静まる頃、俺は隠しておいたモノを眺めていた。なんて綺麗なんだろう、と思いながら引っ繰り返したり、よく観察してみる。それには何かそそられるものがあった。光の当たる角度によって輝き方が違うところなどは言うまでもなく、自分を億万長者に仕立てあげるほどだった。

 ひゅうっ、と風が通り過ぎて俺はたまらず身を縮めた。その途端、風が止んだ。

 そりゃあ、おかしな天候だった。

 俺は身を起こして、寒さに震えながら家を出た。外は闇に包まれ、どんよりとした雰囲気に包まれていた。目が慣れていないせいもあるのか、遠くの方で人影が見えた。こんな遅くに何をしているんだろう、と俺はその人影を確認するために目を凝らした。

 すると、遠くの人影と目が合った(気がした)。

 彼らには目などない。あるのはポッカリ空いた二つの穴だけ。あの時の俺より奴らは痩せていたな。

 俺はあいつと目が合った。だんだん暗闇に目が慣れ、人影ははっきりした人になった。その者は少しずつ俺の方に近寄ってくる。ゆっくりと足を進ませてくるが、何か違和感を覚えた。そして、

 俺はその時あらぬモノを見た。俺が人だと思っていたのは、以前人だったモノ。俺よりそいつが痩せていたのも当然である。

 なんたって肉も皮もねぇ、骨っ子だったからな。

 姿は骸骨。名はスケルトン。俺たちはそう呼んでいる。彼らは俺たちが主人に服従しているか確かめる役割を果たす、つまり仕事場の管理者だ。

 彼らは余ほどのことがない限り奴隷の前に姿を現すことはない。と、いうことは何かあったのだ。俺はその夜に初めてスケルトンを見た。とにかく、どこを取っても気持ちが悪い。不気味な格好をし、かつ異臭を放ちながら、こちらに近づいてくる。

 俺はその姿を見た途端、背筋が凍ったように動かなくなり、手に持っていたモノをきつく握り締めた。

 スケルトンはどんどん俺との距離を縮めていく。自然と息が荒くなるのを感じた。すると、もう一体。もう二体とそのスケルトンに続いて、別のスケルトン達が姿を現した。人型だけではない。中には牛や馬、犬、鳥などのスケルトンが俺の視界に入ってくる。

 恐怖に顔が引きつり、声の出し方は忘れさられてしまったようだった。動かなければ、そう思うのだが、彼らの空洞な目を見ているだけで、体はいうことを聞かなくなった。

 辺りは寒いはずなのに、ろくに水分など取っていたわけではないのに額から滝のように汗が流れた。

 彼らの動きは鈍いが、殺気にも似た威圧感は十分にあった。俺はひたすら銀色に光るモノをきつく握り締めた。このモノがアミュレットか何かで、スケルトンのような危険な奴から自身を守ってくれる、と意識が混乱する中、切に願った。

 すると、先頭にいたスケルトンが俺の心に呼び掛けてきた。微かに聞こえる。声が聞こえてくる。

彼は銀のモノを渡せと言った。

 心に語りかけられた瞬間、胸を鋭利なもので掻き毟りたいような感覚に襲われた。俺はもう奴の言葉を二度と聞かないように握る拳を更に固めて気を張った。

「いやだ」

 そう俺が言った途端、鐘がなった。

 乾いた鐘の音は闇に響いた。鳴り終わりに低音の余韻を残しながら、人々の耳に語りかけた。静寂が訪れて、また鐘が鳴る。奴隷たちは仕事の時間だと勘違いをして目覚め、身を震わせながら鉛のような体を起こした。俺の母親も眠りから覚め、足元も覚束ないまま家から出た。みな家から出た。

 すると鐘がもう一度。俺の足元に響くのを感じた。

 スケルトンは擦れた遠吠えで叫ぶ。その声を聞いた無数の骨は顎をガチガチと鳴らしはじめた。もう彼らは俺の方に目を向けることはなかった。

 彼らは奴隷達に襲い掛かるのだった。スケルトンは自分の手足を折って骨の先を刃物がわりにし、奴隷達に斬り付けた。

 あるものは心臓を一突きにし、またあるものは頭を狙った。

 生まれながら体力が備わっていない奴隷たちはどんどんいなくなり、辺りが鉄臭くなった。人々の悲痛な叫びは、もはやこの世のものではない。

 俺のすぐ傍では母親がこと切れていた。彼女の首には肉が殆ど見られなかった。おびただしい血に、露出した白い骨が印象的だった。それから下半身は途切れ途切れに跳ね上がる。おそらくスケルトンに噛みちぎられたのであろう。悲痛な表情をたたえて、死んでいた。しかし、俺は無情だった。

 なぜ?

 俺は疑問を抱いていた。そんなことを考えている間にもどんどん殺しがつづいた。俺の目の前を生と死、死と死が駆け回っている。姿が見えないのか、俺は誰からも死を受けず仁王立ちで辺りを見回しているだけだった。人々は叫び、崩れていく。

 なぜ笑わない。笑うところだろう。

 俺はその時を楽しみにしていたのに。俺の母親と同じような顔をして死んでいく奴隷。目を見開き、歯を剥き出したまま、叫び、血塗れになって倒れていく。だが、その時の俺にはわからなかった。死の意味が理解できなかった。死は嬉しく、幸せなものであるはず、と俺はその場に立ち尽くした。無情に涙が溢れる。

「誰か助けて」
================================
とても暗いはじまりとなってしまいました。
これからどんな展開をするのか…、ただのキャラクターや背景の設定なので深いことは考えず、書いて行きたいと思います。
こう、なぜか無理やりファンタジーを目指している形になるんですね…
スポンサーサイト


















管理者にだけ表示を許可する


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2017 namimanokomoriuta, All rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。